親です。

読んだ本とかについて書いてます

10_「紗央里ちゃんの家」矢部嵩

どうもMaximoNelson49です。大好きな矢部さんの小説を読みましたよ。(と言っても最新作とかでは全くないしホラー大賞の受賞作)

あらすじとしては、
いとこの紗央里ちゃんの家は様子がおかしかった。血だらけな叔母が主人公たちを迎え、家は生臭い。祖母は知らぬ間に死んでおり、紗央里ちゃんはいなくなっている。案の定切断された指を見つけた主人公は、おばあちゃんを見つけるため隠れて家中を探す。
みたいな。
ホラーって典型的なものとしては、リア充主人公たちがどこかに旅行にいき、そこでちょっと禁忌を犯すようなことをし(青姦とか)、楽しい楽しいしているうちにだんだんあれこれ大丈夫かな、いやいやダメだわ青姦の報復としてホラー的存在から狙われ、死ぬ、みたいなやつ。
それに対して、本作は最初っから違和感全開で、明らかに叔母さんは誰か殺しているし、おばあちゃんは急に風邪をこじらせて死んだことになっている。
普通のホラーとは、若干違う構成だ。それでも感情移入やドラマの連なりという点から考えれば、十分構成的ではあると思う。この話の感情移入は、叔母さんたちの違和感を解き明かしたいという正方向のものと、殺されるのではないかという負の方向のもののふたつだと思われる。それ自体は他の物語と変わりないだろう。一貫性もある。むしろ変わっているのは、それらふたつの感情移入に対して、感情の盛り上がり、クライマックスが用意されていないことだ。
より詳しくいえば、叔母さんたちの違和感に回答は与えられない。命の保証は、殺されてもいい場面で殺されず、存在を無視されると言う形で、その問い自体が無効化される。
クライマックスが打ち消されている。

ズレ。

そこがこの物語のうまいところなんだろう。
読めば分かるが、この物語は、主人公の持つ論点こそが一般のホラーとは違うのだ。普通なら、叔母さんたちは異常であり、主人公たちを殺したくてたまらないはずで、だから主人公たちは逃げる。相手が自分を殺すと理解し、理解の範疇で異常な叔母さんたちから逃げる。
けれどこの小説は、叔母さんたちは主人公に興味もないし、普通に暮らしているし、主人公にしてもその暮らしの一員になれると思いきやなれなかったと悲しむ。扱うテーマが命とかではなく、共同体とか家族とかになっている。これはズレだ。殺人がありそれが一大事だと読者は考え、主人公も死体を見つけようとするから感情移入できる。けれど主人公が死体を見つけたいのは殺人をした叔母さんたちとは家族で、その殺人の理由とかを、家族として理解者として知りたかった。
このように、読者と論点をずらしながら、最後までズレたまま読ませている。最後に読者側の人間が出てきて主人公のズレを指摘してくれる。それでオチがついて終わり。論点をずらす手法というのは、まあ面白い。

あと、矢部さんは語りがわけわからなくて面白いですね。文章読んでるだけでゆかい。

当たり前のことしか言ってないな今回も。
そんなかんじでしたよ。