今から父になるから俺の悩みを聞いてくれ。

子ども産まれるんで育児とか生き方について書きます。映画とか心理学とかITとかの趣味についても書きます。

少し前に高田ゲンキさんバズってたけど

ちょっと前に高田ゲンキさんがツイッターでバズってた。んで、彼の発言に関して腑に落ちないところがあったのでメモっとく。

 

高田ゲンキさんの痴漢ツイート

 くだんの高田ゲンキさんってのはこちら。

高田ゲンキ (@Genki119) on Twitter

投下していたのは痴漢についてのツイート。概要としては男が思ってる以上に女性は痴漢被害・性被害受けてるよってもの。女性側からしたらよく知られた事実も男性側からすると驚きだった。俺も妻と付き合う前まで痴漢やら性被害の実際については全然知らなかったので、驚く気持ちは理解できた。んでかつ高田ゲンキさんが言ってたのは、それは男も他人の問題としてでなく声あげようよ、みたいなもの。これに対してはざっと見る限りポジティブな反応が多かったかと思ってるんだけど、「被害者でもない人間が偉そうな発言をするな」的な批判もあったようだ。

で、俺が今回取り上げたいのは、その部外者批判に対する高田さんの反論。

 まあこの「気楽なもんだ」的な元ツイートを読んだことがあるわけではないので厳密な議論の流れは分からない。

俺としては高田さんの発想も理解するが、この反論の仕方は自己否定的だなと思う。ここでは相手の考えが何故発生しているのか傾聴するとか想像力働かせるとかしてフォローしつつ引用するべきだったのでは? と思う。

っつーのは、これ高田さんへの批判の論旨は「部外者として発信できて気楽なもんだ」=「我々にとってこの問題は社会の問題であると同時に非常にナイーブな個人の問題でもあり、そこは切り離しようがない」と言っているわけである。

そこに対しての高田さんの反論は「社会の問題」として焦点化した時に「気楽だな」という批判は社会の変化を阻むからやめろ、というものだった。

まあつまり、ここで繰り広げられているのは、「社会の問題」としてだけ扱いたい高田陣営 vs 「社会の問題」であり「個人の問題」でもありそこは切り離せない被害者陣営の戦いなわけだ。

で、この痴漢の問題について個人的な感情を切り離せねーって言われたら、それはもう否定のしようもない。だってそう感じるんだから。感じるってのは事実だ。

そしてそう言ってる人に「いやけど、切り離したとしたらさ…」と話を進めるのは誠実じゃなくないすか? と思う。

さらにツイートを追うと、

(引用の仕方見づらくてすんません)

 高田さんもそこらへんは分かった上での発言のようだ。「切り離せない」なら俺の発言自体を切り離してくれ、と言っている。こういうスタンスは、発信行為があくまで"つぶやき"ですよと担保されている(かのように見える)ツイッターではちょいちょい見られる意見だ。お前が俺のツイート見にきてるんだろ、誰も頼んでねえんだから見なくていいよ、みたいな。嫌なもん見ちゃったなーで終わってくれよ、お前の苦しみはお前のもんで俺には関係ない、俺には発言の自由があるんだから、みたいな。

 

んで、俺はここでうーんとなっちゃうんですよね。俺とお前の語りたいものは違うよ、だから違和感抱くなら切ってくれよ、ってのはある程度分かるんだけど、そこまでだな、うーんとなる。全然発展性がなくてこれも新自由主義の限界点的なものだと思う。なので、実はまだ語られていない論点があるように思うし、それが出てきたらありがたいなってのが感想だ。あとはなんつーか、社会問題を扱うってのは他人の責任を負うことだから、他人の心の問題引き受けるくらいの精神的余裕は持ってくれよなとも思ったりした。

以上。