親です。

子ども産まれたんで育児とかについて書きます。映画とか心理学とかITとかの趣味についても書きます。

おそらく俺のモラトリアムが終わった

おつです。書く。

おそらく俺のモラトリアムが終わった

転職のことを考えるにつけ、俺はこれまで3年くらい職場でなにをしていたのか、流石にもっとスキル身につけようがあったろと思ってしまう、育休とって職場から距離取れて、多少考えられてるからいいものを、これで育休もとらずにいたらマジでCOBOL書くだけのover30になっていたと思う
なんで元の職場で考えられなくて今は考えられるようになったのか、これは結構謎が深くて、たぶん職場いたころはプログラミングを面白いとは思ってなかったこととか、単に大変だったとか、キャリアは自分で動かせるものじゃなくて上司に任命されるものだと思ってたとか、あとなんだろ?
まあ子どもいなくて仕事の後に自分の趣味やれた時に日中は仕事をやる時間でしかなかったとか(これ自分は選んで職場にいるんだと自覚しようとはしてたけど、なにやりたいとかなかったから自覚しても無駄だったな)、
今になって転職のこと考えて、元の職場に戻るのは考えられないなと思って、それで初めて外を見て、うーん俺にはスキルねえなと思ってしまうが、うーんうーん
やっぱ大きかったのは自分がエンジニアとしてやってくんだっていう覚悟みたいなもので、育休で初めてプログラミング面白えなと思い、自分で作りたいもの考えて作るっていう体験して、俺はエンジニアでやると思えたことなんだろうな。それまでは炎上PRJ見てゲラゲラしてるだけだった。
まあ俺は特にエンジニアになりたくてこの業界入ったわけじゃないし、元々日本文学だしけど高校では数学一番できたからITもいけるかなと思って、あと就活でマジでエントリーシートが出版以外は全く通らん中で出版に嫌気がさしてしまいどうしようと思った時何故かそこそこでかい今の会社から内定が出た
マジで今の会社以外でIT企業に応募してなかったし地元の商工会議所の事務とかに応募してたしょっぺえかんじだった、なんとなくでエンジニアだ、自分自身俺がエンジニアであることを信じられていなかった面はある。
そんな中金融系軍隊式現場に入りおらおらCOBOLを書けもしくはExcelオートシェイプのサイズをかえろテストのパスカバはブランチも100%にしろと言われグイグイ叩き上げられ奇しくも私生活も大荒れ笑いあり涙あり流血ありの3年間、なんだか気づけば射精をし妻はたいそう苦しみ息子が生まれていた
俺は、なんなんだろうな、社会人での三年間、頑張ったつもりだったけどスキルは特になく、今も中途半端にPythonやらフロントやらPHPに手を出して、まあほんとこれといって取り柄はないが、特に仕事のできないエンジニアとして無精髭を生やしている、そしてデータ分析した〜〜いとかナマ言ってる、
俺はきっと、今初めて自分の仕事選びを自分ごととして処理できていて、つまりは第二新卒みたいなもんなんだ、アラサーになって初めてエンジニアでやってこうと思えたんだ、新卒なのでスキルはない、俺は俺の発達段階として、おそらく、青年期を終えた。アイデンティティの問題にケリをつけた。
モラトリアムが終わったのかやっと
俺は、たぶん、この会社この職場だから云々というより、うーん人がどのように青年期を終えるのかというのは様々だろうけど、仕事で一人前って言われて自分を見つけるのかもしれないけど、この職場だからモラトリアムだったというわけではないとは思う。単に必要だったんだろうな。
一年目は必死で、二年目のときに色々内面的な問題として人生がクリアになって、三年目でうじうじして、今育休とって職場から離れて自分で選ぶことを考えられた、俺を叩き上げてくれた現場があり、そこから一時撤退して見えるものが出て、2つ揃って俺はエンジニアとして覚悟決まった感がある
元の現場で覚悟が決まらなかったのは、俺にはまだ時間必要だったのと、モラトリアム期に蓄えたスキルが現場に依存しててキャリアを近視眼的に捉えていたこと、あとはモラトリアムを終えるきっかけがなかったこと。
それが息子氏が産まれて、明確に人生の見直しを求められて、あと育休中にPythonなどやりプログラミングを面白いと思えて、今の現場以外の道を考え出した。少なくともCOBOLExcelオートシェイプは違うだろと思った、vlookupでチヤホヤされてちゃダメだと思った、海外にも生きたいし。
そんな感じだ。はい。

以上!!!