今から父になるから俺の悩みを聞いてくれ。

子ども産まれるんで育児とか生き方について書きます。映画とか心理学とかITとかの趣味についても書きます。

Mommy

どうもMaximoNelson49です。「Mommy 」を見たよ。以下ネタバレガンガンしながら感想書きます。

 

 

mmomy」(2014 加)監督:グザヴィエ・ドラン

あらすじ

放火のかどで施設から追い出されたスティーヴは、その母・ダイアンと新しい生活を開始する。彼は発達障害を持ち、社会的なつながりを作ることが難しい。あるときスティーヴは母を元気づけようとネックレスをプレゼントするが、万引きを諫められてしまい、パニックに陥りケガをする。その治療をしてくれたのは向かいに住んでいたカインであった。カインは失語症を患うが、以前は教師をしていた。以降、スティーヴはカインの元で勉強することになる。生活は上手く回っていきそうな兆しを見せていたが、そんな折、スティーヴが過去に起こした放火事件で慰謝料を請求される。弁護士を雇うこともできず、生活も回らなくなったダイアンは、スティーヴを精神病院へ入れる。

 

 

 発達障害を持つ少年と母親の話。2015年にカナダでS-14法が可決され、障害児のために経済的困窮を持つ親はその養育の義務を放棄することが認められた。これは架空の法律で、つまり、この物語世界では、「親に加害する子ども」というのが前提として描かれている。

 まあ実際のところ「親に加害する子ども」というのはその通りで、スティーヴは万引きをしてダイアンに怒られればパニックになってダイアンの首を絞めるし、お隣さんのカインに対しては失語症をからかい大切なロケットを取り上げてめちゃキレられる(その上カインがあまりの権幕だから失禁する)。物語が決定的に動く「慰謝料の請求」にしても、それはかつてスティーヴが放火をしたためであり、その解決のために母親が近所の弁護士と懇ろになろうとしたところ、スティーヴがすべて台無しにしてしまう。物語が行き詰まればスーパーで自分の手首を切るし、まあ手に負えない子どもではある。

 ただ僕は、スティーヴはくそ野郎だけど、別に悪くないよな、と思う。

 この映画を見てものすごく泣いてしまったのは、精神病院に入れられたスティーヴがダイアンに電話し「最高の母親だったよ、今まで迷惑ばかりかけてごめん」と謝るシーンだ。泣いたのは、別に母親が報われてよかったとかではない。すごく不条理なものを感じて泣いてしまった。

 この映画では、「スティーヴのためを想って」というセリフが何度か登場する。序盤にネックレスを万引きしたとしてスティーヴをしかるシーンや、弁護士とねんごろになるシーンで使われる。ちなみに、万引きについては、本当にネックレスが万引きされたのかは明らかにされず、ダイアンが決めつけただけだ。スティーヴはダイアンの首を絞めるが、それはダイアンが彼を本棚の下敷きにしたからだし、その後もスティーヴの頭を額縁で殴る。また弁護士とのシーンでは、酔った男たちに罵倒されるスティーヴを無視し、ダイアンは弁護士と酒を飲んでいる。そうしておきながら「あなたのためだった」と言う。最終的にスティーヴは精神病院に入れられるが、嫌がる彼を抑え込みながら精神病院の男性職員3人が「お前のためにやっている」と言う。言いながら、馬乗りになって何度も何度もスティーヴの顔を殴りつけ、スタンガンを浴びせる。これは今まで母親が行ってきた行為と同じだ。

 そんなストーリーの最後に出てくるセリフが「最高の母親だったよ、今まで迷惑ばかりかけてごめん」なのだ。そんなわけないだろ、と思って僕はすごく泣いてしまった。僕はこの映画を、スティーヴに感情移入して見ていた。スティーヴをずっと応援していて、誰かに彼の話を聞いてほしいとずっと思っていた。そんで救われてほしいと思っていた。それなのに、最終的にスティーヴの方から、母親が被害者で自分が加害者だと言われ、すごく梯子を落とされた気分だし、そんなわけないだろ、お前悪くないよ、自分がダメだったなんて思わないでくれ、となって、泣いた。

 なんというか、まず第一に、こんなことはもう誰でも知っていると思うけれど、子どもは親のためになんて産まれてこない。子どもを持つと得する、なんて思っているなら、それはまだ人からものをもらう側の人間だ。分け与える側にはなれない。だからスティーヴが迷惑をかけることなんて当たり前だし、全然謝ることじゃない。

 そして第二に、ダイアンは、まあ、別にこの母親は頑張ってるし、なんとか分け与えようとしていると思う。けれど、同時にすごく違和感を覚えるのは「お前のために」というセリフだ。この家庭にはコミュニケーションがなく、半ば母子が境界のない一体のものとして描かれている。スティーヴの気持ちは無視され、母親の想像する「スティーヴの気持ち」が優先される。自他を混同し、区別がついていない。母親は常に鏡と会話をし、スティーヴ本人は忘れ去られている。

 まあ実際この映画を見ると、母親も一方的に責められる感じでは描かれておらず、むしろ母親の心情に沿ってストーリーは進んでいる。頭の悪い親が周囲と同じようにしたらとんでもない目にあってしまう、無力感でうわーんと泣いてしまうような映画でした。ただスティーヴが責められるのは少なくともおかしいし、これを深い母の愛などと解説するのもおかしい。子どもは愛されて当たり前だし、それに対して親が称賛されるような社会は未熟だ。オムツ変えるたびに赤ちゃんに賃金要求するみたいな話じゃないですかね。